黒柴りゅうの散歩道

日本各地の旅の記録(伝建地区と一宮そして100名城)

34 昭和の車 令和の高速

 今回の旅で徳島市高知市は数十年ぶりに訪ねました。どちらも昭和の頃とは見違えるように美しくなっていて、電柱の地中化が進んだこともあり県庁所在地に相応しい装いになっていました。随分と時間が経ったことは「車」や「高速道路」でもよく感じ、運転しながらかつてを回想しました。

1 昭和の車の記憶
・社会人になって数年、ディーラーで働いていた友人に奨められ新車を買うことになりました。モデルチェンジしたばかりのTOYOTAカリーナ1.5ST、最高出力83ps/最大トルク12kgm、5足MT(Low→Second→Third→Top→HighTop)で、高速でのドライブが楽しくなりました。カーブに入る前でThirdに落としての運転は、ATにはない醍醐味です。
・ちなみにCX-5は、最高出力200ps/最大トルク45kgm、隔世の感があります・・・・!
・乗用車はセダンかクーペの時代で、若者の多くはクーペです。ワゴンやハッチバックは、商用車か軽自動車のイメージでした。
・装備にナビはなく、カーステレオやエアコンでさえオプションの時代です。しかもこのクラスの車は、まだパワステ・パワーウィンドウではありませんでした。
・昭和はナンバーが「大」「兵」「京」「滋」「奈」と1桁、全国どこも頭1文字だったので「鳥」「熊」「鹿」などがあり、今思えば楽しい感じです。そしてフェンダーミラーです。しばらくしてドアミラー規制が撤廃されました。
・ホイールはスチールが当たり前で、アルミホイールは高嶺の花。バンパーも鉄製から樹脂製に切り替わって行く頃です。

(左)3代目TOYOTAカリーナ、コロナの姉妹車です。  (右)車中泊で目覚めると周りはトラックだらけ!

2 高速道路の変化
・高速道路だけがシートベルト着用の義務があったので、インターに入るとカシャッと閉めます。時速100km/hを超えると「キンコンキンコン」とアラームが車内に鳴り響きました。
・最大の違いは料金所です。ボックスの中に係の人がいて、出発インターで受け取ったチケットを渡すと料金を言われ、お金を渡す仕組みでした。ハイウェイカードができ、 釣銭の手間が省け便利になりましたが、現在のETCとは比べるべくもありません。台湾のように(料金所がない)、高速道路上のセンサーで収受が終わるシステムになれば、更に便利です。
・ネットによる通販が当たり前になり、近所で買える物まで遠くからやって来るので、高速道路はトラックで溢れかえっています。SA・PAに入れないトラックさえ見かけます。これは進化と言えるのでしょうか?