黒柴りゅうの散歩道

日本各地の旅の記録(重伝建と一宮そして100名城)

48 作家山本兼一氏のこと

1 山本作品との出会い
 学生時代から司馬遼太郎作品のファンで、彼が亡くなった時(1996年)は本当に残念でした。しばらくは藤沢周平氏や山本一力氏のような時代小説を楽しんでいましたが、やはり歴史上の人物を史実を踏まえて扱い、その時代をリアルに感じさせてくれる司馬作品の魅力は忘れがたく、男性的でスケール感の大きい作品の登場を心待ちにしていました。
 ある日書店で『火天の城』という風変わりなタイトルの小説と出会いました。中を見ると時代小説的な人情話ではなく、安土城築城の城大工が主人公でそこに武将や合戦が絡んで行く、まさに私が待っていた世界を描いた作品でした。しかも主人公が信長ではなく棟梁の岡部又右衛門(この人物も実在)ですので、よりリアルに物語の世界を味わえるようになっていました。

2 作者との出会い
 そんな時、ある事がきっかけで、その山本兼一氏に仕事を依頼する事になりました。担当の私は氏の事務所(と言うより工房・アトリエ?!)を伺い、打ち合わせを進めました。協議が終わり「私的な事で申し訳ありませんが・・・・」と話すと「どうぞどうぞ」と笑顔で応えて下さったので、私が司馬遼太郎亡き後、山本兼一作品の大ファンであったこと、ちょうど出版された『雷神の筒』を読み終えたばかりで、感動の余韻覚めやらない状態であること、など熱く語っていました。
 氏は相槌を打ちながら楽しそうに聞いて下さいました。その場では多くを語られませんでしたが、後日やり取りした手紙の中に、その時の事をこんな風に書いて下さっていました。
『拙作のご感想ありがとうございます。まさに私の狙いを真正面から受けとめて下さっておいでで、書き手として大いに励まされます・・・・ 』

氏から頂戴した和紙の名刺 著書に書いていただいたサイン

3 直木賞作家に
 翌年、氏は『利休にたずねよ』で第140回の直木賞を受賞されました。後の直木賞作家と語り合って手紙をやり取りし、『雷神の筒』の火縄銃を持たせていただき、その弾をお土産に頂戴し・・・・、何とも素敵な時間を過ごしたことになります。シニアになって一層歴史好きになり当時を振り返る時、時間のかけがえのなさを痛感します。
 そのわずか六年後、氏は52歳の若さで旅立たれました。ただその作品は、今も私の本棚の一角で輝きを放っています。

※画像は何れも「版元ドットコム」より