黒柴りゅうの散歩道

日本各地の旅の記録(伝建地区と一宮そして100名城)

11 東北地方への旅⑦(青森)

1 みちのく三大桜名所
 東北ツアー6日目(4/23)、朝目覚めると「道の駅ひろさき」から弘前城に近い市役所駐車場に向け出発、6時過ぎに着いたが既に3台目、開門まで後ろの地元の方と話しました。津軽弁、とても良い感じで聞こえます。
 弘前城は、角館・北上展勝地と合わせ「みちのく三大桜名所」と呼ばれています。また江戸時代の現存12天守の一つなので、お城ファンにもたまらない場所です。
 そんな桜も城跡も、素晴らしいの一語でした。さすがに全国から人が集まるだけあります。本丸の天守と満開の桜そして雪の岩木山、自然と歴史と季節が一体となっているその光景は「死ぬまでに一度は見ておきたい!」、そんな光景でした。

(上)弘前城外堀の桜  (中)弘前城天守とハートの桜  (下)桜のトンネル

2 津軽富士 岩木山
 私の東北ツアーはずっと好天に恵まれ、ここまでみちのくの名峰、飯豊山磐梯山・月山・鳥海山など高い山々もよく望めたのですが、津軽平野ではそのとどめのように、岩木山雄大な姿で迎えてくれました。齢のせいか何れの山にも思わず合掌していました。

(上)市役所前から望む (中)弘前城本丸から望む (右)津軽平野中央から望む

3 二つの重要伝統的建造物群保存地区
 青森県の伝建地区は弘前市仲町地区(武家町)と黒石市中町地区(商家町)、弘前城を早朝に訪れたので比較的余裕を持って訪ねることが出来ました。仲町弘前城から歩いてすぐ、道に面して生垣が連なり、門の奥に茅葺・板葺の家が見え、侍屋敷の特徴をよく維持していました。

(上)仲町重要文化財石場家住宅 (下)仲町・侍町特有の生垣と旧伊藤家住宅

 黒石市の中町は街道沿いの交通の要所で、商家町として栄えたようです。家の前に庇を張り出し、人々の往来に使われる「こみせ」と呼ばれる通路は、長年の人々の努力により連綿と保存されていました。

(上)中町・旧笹森家住宅とこみせの残る町並み (下)中町・重要文化財高橋家住宅

4 三内丸山遺跡
 私の訪問先は、伝建地区・一宮・100名城と歴史に偏っているので、子どもに出会うことが少ないのですが、ここはたくさんの子どもたちがいました。三内丸山遺跡は言わずと知れた国の特別史跡で、我が国を代表する縄文時代の遺跡です。せっかくなのでガイドツアーに参加したのですが、津軽弁による説明がよく理解できず途中で脱落、先を急いでいることもあったので、自分で回ることにし見学を切り上げました。

大型掘立柱建物・大型竪穴建物 大型板状土偶重要文化財) 発掘された縄文土器
5 八戸 根城跡へ
 今夜はこのツアー最後のホテル泊、少し良い宿にしようと八戸駅前のJR東日本ホテルメッツを予約していましたが、少し早いので八戸市の博物館に寄ろうと思い立ち、駐車場に車を入れると、そこは国の史跡の根城跡(日本100名城)でした。遺跡は良い感じで公園化されていて、家族連れが楽しんでいましたが、一方史跡の保存もうまく併用されていて感心しました。
 関西から見ると青森は本州の外れですが、ここにも同様に戦国時代があり天下統一につながる歴史がある、そんな南部氏の活躍がよく伝わって来ました。

(左)根城の堀切の様子 (中)根城本丸への通路 (右)根城本丸主殿(復元)

10 東北地方への旅⑥(秋田)

1 由利本荘から横手へ
 東北ツアー5日目(4/22)、国道107号線をひたすら東へ。在来道は時間がかかるのですが、道端からいろいろと新しい気づきも生まれます。初めて見た防雪柵、効果を想像しながら雪国特有の施設を写真に収めました。各民家の玄関フードなどにも目をやりながら、地元感を味わいながらの運転は、意外に楽しいものです。

(左) (中)防雪柵、初め何の施設か分からなかった (右)風雪を防ぐ玄関フード

2 重伝建の増田地区へ
 通りに沿った敷地に切妻造の店舗兼住宅が連なり、豪雪に対応した町づくりが窺えました。近世から近代にかけて繁栄した在郷町の歴史が、よく感じ取れる素敵な町で、単に古いだけでなく歴史の重みが感じ取れます。案内所や駐車場もよく整備され、矢口高雄氏(地元出身)ゆかりのまんが美術館などもあって、今後の発展を感じる地域でした。

(上)増田の町並み案内所「ほたる」(下)旧石田理吉家住宅・「まちの駅・福蔵」

3 横手市での寄り道
 横手と言えばかまくら雪まつり)。この時期は関係ないなと思いつつ角館に向かっていると、「かまくら館」が目に入り立ち寄ることに。中にマイナス10度のかまくら室があり、横手の雪を使った「かまくら」が体験できました(寒かった!)。
 しばらくして「石坂洋次郎文学記念館」の案内。学生時代の記憶が甦り「『山と川のある町』は横手だったのか」と感動し駐車場に入りました。今はあまり読まれなくなったからか訪問者は私一人、受付の女性に詳しく解説してもらい充実の寄り道でした。

(上)横手市ふれあいセンターかまくら館 (下)石坂洋次郎記念館

4 憧れの角館
 角館は鹿児島の知覧と並んで重伝建で訪れたい場所の上位でした。どちらも武家町の特徴が残る貴重な場所です。しかも桜の時期に訪れることが出来るとは、思いもよりませんでした。街は観光客で混み合っていて、大内宿以上に人でいっぱいです。
 ここは上・中級武士の武家屋敷地にあたり、広い通り沿いに塀が連続してシダレザクラが並び、往事の屋敷構えがよく残る素晴らしい町並みです。桧木内川堤の桜並木も満開で、時間がある強みを感じたシニアらしい一時になりました。

(上)伝統的な角館武家屋敷群 (下)「石黒家」住宅と近くを流れる桧木内川

5 秋田市の久保田城へ
 県庁所在地秋田市、よく整った美しい街でその中心に久保田城が位置します。ここは常陸から国替えとなった佐竹義宣が築城、石垣や天守は持たないものの堂々とした表門が残り、本丸からは秋田市街が一望できる立派な平山城でした。

(上)日本100名城の久保田城表門と本丸にある御隅櫓 (下)御隅櫓から望む秋田市

6 日本海に沿って北上
 ここで秋田出身の先輩に電話、日本海に沿って北上し潟上市(先輩の故郷)から八郎潟を訪れることを勧められます。広大な耕地が並ぶ大潟村と、今が見頃の「桜並木と菜の花ロード」の魅力を耳にし楽しみにして向かいました。途中、延々と続く風力発電の威容に驚きながら大潟村に入ると、直線10kmの道を初体験、何もかもがスケール感の大きい地域を堪能しました。

(上)林立する風力発電機、発電量全国一の秋田 (下)大潟村・桜並木と菜の花ロード

09 東北地方への旅⑤(山形)

1 土蔵の町喜多方
 東北ツアー4日目(4/21)、昨夜は道の駅喜多の郷で車中泊。目覚めると駐車場はいっぱいで、洗面に行くと同年配のシニア男性にたくさん出会いました。何だか心強くなると共に、リタイア後の男性の生き方について、いろいろ考えます。
 朝から重伝建地区の喜多方市小田付を見学、会津地方の中心として栄えてきた町で、近世に発展した地割がよく残り、そこに土蔵が並ぶ素敵な町並みでした。

桜満開の道の駅・喜多の郷  蔵の町・喜多方通りの両側に蔵が並び往時を偲ばせる

2 上杉氏の米沢へ
 喜多方を後に北に進路を取り、県境を越えて米沢市へ、生まれて初めて山形県に足を踏み入れました。米沢と言えば上杉氏、上杉景勝は謙信の養子で、豊臣五大老の一人でしたが、関ヶ原の戦いで西軍に与して徳川家康と対立し、会津百二十万石から米沢三十万石へと減封されやって来ました。
 上杉神社の境内がほぼ米沢城本丸に当たるようでしたが、会津若松城に比べるとこじんまりしていて、歴史に翻弄された上杉家の悲哀が感じ取れます。上杉鷹山公像の前では、この藩の歩んだ歴史に一層思いを馳せました。

本丸にある上杉神社  米沢藩中興の祖・上杉鷹山  国宝洛中洛外図屏風公開中

3 山形市に入る

 東北中央自動車道を経由して1時間足らずで、山形市に入ります。国の史跡霞城公園(山形城)は整備の最中でしたが、一文字門や二ノ丸東門など立派な遺構が残り、堀跡や土塁も含めスケールの大きい平城で、山形の基礎を築いた最上義光公の銅像と共に、印象に残りました。

(上)山形城本丸一文字門・二ノ丸東大手門 (下)町の基礎を築いた最上義光
4 神の山月山

 山形自動車道酒田市に向かって走っていると、前方に巨大な山塊が見え、近づくにつれその威容に圧倒されました。出羽三山として古くから山岳信仰の山として知られた月山です。その圧倒的な神々しさに思わず合掌したくなる程でした。平野が広い東北地方では、山のスケールが大きく冠雪して迫力があり、関西に住む人間には驚きでした。

山形自動車道から望む出羽三山の最高峰・月山(1984mの火山)

5 酒田市山居倉庫を訪ねる

 ブラタモリでこの町が取り上げられて以来、いつか来てみたい町でした。ただ米沢と山形で時間を取り過ぎ、しかも翌日の行動を考え由利本荘市秋田県)にホテルを予約していたため、この日の午後はバタバタになってしまいました。結局山寺には立ち寄れず酒田も本間美術館や旧本邸は外から眺めただけで、何とか山居倉庫だけは訪れることが出来ました。

1893年頃に建てられた歴史ある米穀倉庫。12棟の倉庫、資料館からなる。

6 出羽一宮と象潟

 この後、出羽一宮大物忌神社のご朱印記帳時間に滑り込むため、更に道中を急くことになり、重伝建・一宮・100名城という目的地をこなすことが足かせになったような一日でした。ただ象潟では展望台に上って、九十九島の様子を眺めながら芭蕉の足跡を感じ、福島から秋田までの長い一日を終えました。

出羽国一宮・大物忌(おおものいみ)神社 芭蕉奥の細道)ゆかりの象潟と鳥海山

08 東北地方への旅④(福島)

1 難所奥会津への訪問
 東北ツアー3日目(4/20)、新潟市を出て磐越道を東に向かいます。途中、生まれて初めて雪山(飯豊山)と桜のコラボに目を見張りました。そして関西を出発し、この地で遂に桜前線に追いついたことになります!
 雪が残る東北の山地は、到る所で道路が遮断していたので奥会津へは厳しいアクセスでした。そこで一旦福島へ入り会津若松から在来道約200kmを往復するという難関の行程になりました。
 芦ノ牧温泉を通過し山あいに入っても車の通行量はそこそこあり、沿線人口は意外に多そうです。鉄道(会津鉄道)も併走していて、東武鉄道を経て浅草駅をつなぐ特急があり意外にも関東(日光)が近いのに驚きました。

山の美しい東北地方、磐梯朝日の飯豊山と 会津・二岐山、 南会津町・桜並木

2 南会津町前沢の魅力
 奥会津の中心南会津町は人口1.5万、役場近くの会津田島駅は駅舎も大きく、政治家渡部恒三を生み出した土地と分かり驚きました。その南の端に前沢地区があり、会津地方南部独特の農村集落で歴史的な景観をなしていました。
 川をはさんだ対岸に無料駐車場と受付があり、そこで村への入場料300円を支払います。伝統的な景観を守って行くには一定の財政基盤が必要なので、良い仕組みだなと感じました。集落とは橋で繋がっていて、山あいの集落が魅力的に見えます。受付の女性の勧めで対岸の山上の撮影スポットに登ると(雪で足場に少々苦労!)、村全体の景観をカメラに収めることが出来ました。

重伝建の前沢地区、中門造や直屋の混在する家並が周囲の自然に良く調和している。

3 そして念願の大内宿へ
 重伝建全地区訪問に挑戦しようと考えた三十代、最も訪ねてみたかったのが大内宿です。テレビで何度も目にした町並みでしたが、ついに念願叶い現地にやって来ました。
 大内宿は、妻籠や白川村などと並んで我が国を代表する観光地となっているので、平日にもかかわらず多くの人出で賑わっていて、他の重伝建とは違った趣でした。多くの建物が飲食店や物産店になっていて、活気があって嬉しい反面鄙びた感じはなく、少し複雑な気持ちでしたが、持続可能な場所となるためには経済的な基盤が必要で、歴史や文化財を守ることは大変なことだと改めて感じました。

観光客で賑わう重伝建の大内宿、この地方の宿場の典型的な形態をよく残している。

4 夕日に映える会津若松城
 遠路を再び会津若松まで戻り、鶴ヶ城に入場しました。ただ残念なことに前沢地区が遠かったため、天守に登れる時間が終わっていて諦めることに。会津若松は改めてゆっくり旅行したい町だなと感じたので、再訪できる機会を待つことにします。

破風の少ない層塔型の天守で姫路城に負けない美しさを誇る会津若松城

5 喜多方ラーメンを味わう
 会津若松から見た磐梯山の姿が見事だったので、猪苗代湖の側から見てみたいと思い車で移動すると、ちょうど磐梯山SAから見事な山容が望めました。そして、今夜の車中泊場所の喜多方の道の駅につく頃には、日が暮れていることを考え、夕食を取ることに。食したのはもちろんかの有名な喜多方ラーメン、期待が大きすぎたのか味はまずまずと言った所の感想でした。

会津富士」秀麗な磐梯山磐越道SA・道の駅猪苗代にて)と喜多方ラーメン

07 東北地方への旅③(新潟)

 東北ツアー2日目(4/19)の朝、名立谷浜SAで目覚めました。ショップに朝食を買いに行くと「上越市民のソウルフードサンドパン」とあったので、レトロなデザインの袋に惹かれ期待して買ったのですが、クリームを挟んだ普通のコッペパンでした(笑)

上越市民のソウルフードサンドパン桜前線の尻尾(葉桜)をつかまえました。

1 二つの一宮

 全国には、いくつかの国で一宮が二つという例があります。ここ越後国弥彦神社と居多神社の二つが一宮で、早朝の清々しい間に上越市の居多神社を訪れました。車中泊の良さに朝の行動が早くなる点があります。ホテル泊なら出発の荷物をまとめている頃に、もう最初の訪問場所に着いてしまい1日が長く感じます。

 神社周辺に「五智国分寺」という案内表示が多かったので、余り期待せずに立ち寄りましたが、立派な本堂と三重塔に驚きました。越後は国分寺の場所が不明らしく、上杉謙信による再興の寺とのことでした。

越後一宮の一つ居多神社と、五智国分寺の本堂・三重塔、清々しい朝のお参りです!

2 日本五大山城制覇
 私は山城のファンで、地元では観光ガイドをしている程なので、天主の聳える近世のお城以上に、中世の山城に魅力を感じています。尼子氏の月山富田城島根県安来市)・浅井氏の小谷城滋賀県長浜市)・六角氏の観音寺城滋賀県近江八幡市)は早くに登っていたので、五大山城制覇は数年来の夢でした。昨日七尾城を終えたので、いよいよ最後の上杉氏の居城・春日山城日本100名城)です。
 慶長3年(1598年)に景勝が百二十万石で会津に移封となるまで、上杉氏の居城だっただけに巨大城郭で圧倒されました。比高169mで苦労なく登城できます。国の史跡で神社が麓に広がっているので公園のように整備され、謙信公の銅像なども城を背景に良く映えていました。私見では五大山城では一押しです。

春日山神社から見上げた毘沙門堂、広々して眺望の良い本丸、上杉謙信公像

3 上越の町の魅力
 下山後高田城に向かいました。ここは平城で内堀外堀共に整備され三重櫓も復元されているので、城下町らしい雰囲気の味わえる良い町でした。立派な建築の上越市立歴史博物館に入館、この地域や城の概要を掴んでから城跡に入れ、とてもロケーションの良い城址公園になっていました。弥彦神社へ向かう際、本町通りを通って雁木通りの風情を味わった事も合わせ、上越の町は良い感じの街でした。

徳川家康の子松平忠輝築城の高田城、上越市立歴史博物館、高田の町本通りの雁木街

4 もう一つの一宮
 上越市から弥彦村まで100kmほどあるため移動に時間がかかって、ご朱印が頂ける時間に間に合わない可能性が出て慌てました。朝が早い分、午前中の予定はじっくり時間をかけてしまい午後にバタバタしてしまう、広域を移動しながらの時間配分は難しい。居多神社がこじんまりした一宮だったのに対し、弥彦神社は壮大な構えで圧倒されました。一宮らしい一宮で、越後地域の歴史の豊かさを実感しました。

越後一宮・弥彦神社の一の鳥居、多くの参拝者と随心門・拝殿、壮麗な本殿の様子

 参拝後、一路新潟市内へ。途中、大鳥居とセブンイレブンの看板のコントラストが面白かったので撮影。それにしても新潟平野は広い、さすが日本の米処。やがて萬大橋近く本町通りのホテルに、無事到着しました。

弥彦神社大鳥居、新潟市内ホテル前東堀交差点、カントリーホテル新潟

06 東北地方への旅②(能登)


1 能登からスタート
 初日は「旅のトライアル北陸路」でパスしていた能登半島。一ヶ月前、車中泊のテストを兼ね北陸に来たが、白峰や五箇山などに足を伸ばして能登半島はカットしていたため、東北地方への旅の途中に立ち寄ることにしました。

 

   能登一宮・気多大社二ノ鳥居    重要文化財の拝殿と本殿

 最初の訪問地は羽咋市にある能登一宮・気多大社(けたたいしゃ)、名前からも分かるように大変立派な神社だったが、残念ながらご朱印は書き置きでした。その後、日本五大山城・七尾城を訪れたが、さすがは室町幕府管領・畠山氏の城、見事な石垣に圧倒される。本丸から見る七尾湾の眺望、市街地と海・山のコントラストは最高でした(本丸近くまで車でアクセス可)。

能登島大橋が美しい広大な七尾湾   日本五大山城の一つ七尾城の巨大石垣、大堀切   

2 月曜日という問題

 午後遅く、能登半島先端の輪島市にある伝建地区・黒島地区に辿り着く。ここは重伝建ではじめて訪れる船主集落で、黒島天領北前船資料館や旧角海家をじっくり見学する予定でしたが、各地の博物館・美術館と同様、月曜休館で残念でした。七尾城の御城印も資料館が休館で入手できず、落ち込んでいた矢先ダブルのショック。更にこの後、寄りたいと考えていた時国家(本家 上時国家)は、とうとう訪問自体を諦めました。

北前船船主の屋敷「旧角海家」  海辺に広がる船主集落  街中通りの様子

3 計画外の訪問

 わざわざ輪島まで来たのにと残念がっていると、道中多数の看板が上がっていた「総持寺祖院」を思い出し、時間の余裕も出来たので寄ってみることにしました。この様に当初の計画には入れていなくても、旅先の状況に応じて随時訪ねてみるのも、また旅の魅力です。実際に訪れてみると、山門・大祖堂をはじめ壮大な伽藍で驚きました。

明治の大火災後、本山が横浜鶴見に移転。祖廟として現在に至る。

4 旅の食事

 トライアルで車中泊の連泊は厳しいのが分かったので、ホテル泊を交互に入れる事にしたが、取り敢えず初日は車中泊。その前にまず腹ごしらえ。一日一食は土地の名物を食べることにしていたので、この日は魚津市の有磯海SAで氷見うどん(白エビ天ぷらうどん)を食し、その後上越市の名立谷浜SAまで移動して車中泊としました。

左半分にシュラフとマット・右半分に自転車   太麺うどんとはまた違った味と食感

05 東北地方への旅①(行程)

1 初めてのロングツアー
 私の旅の目的は、我が国の歴史や伝統、各地の地勢・人々の生活、町おこしの様子を、この目で知り尽くすことです。そのために、①重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)・②旧全国一宮(ご朱印)・③日本100名城を中心に、日本各地を訪れます。

 もちろん日本全土は広いので、何回かに分けての訪問です。トライアル1回目の北陸(アップ済)、2回目の山陰(アップ前)は何れも2・3日の日程でしたが、いよいよロングの予定を組み、先週東北地方を8日間の日程で訪れてきました。詳しくは次回以降にして、訪問先リストと訪ねた順番をアップします。

妻籠や白川村と並ぶ人気・大内宿 夕日に映える会津若松城 弘前城公園の桜と岩木山 

 問先とツアールート

 23ヶ所を効率よく、つまり良く出来た一筆書きのように回るには入念な予備調査が  必要ですが、GoogleMapを使うと瞬時に道順を示してくれるので助かりました。
①4/18(月)
自宅→気多大社能登一宮)→七尾城(100名城)→輪島黒島(伝建地区)→總持寺祖院→名立谷浜SA(車中泊

②4/19(火)
居多神社(越後一宮) →五智国分寺→春日山城(100名城) →上越市立歴史博物館・高田城→雁木通り→弥彦神社(越後一宮) →カントリーホテル新潟
③4/20(水)
前沢曲家(伝建地区) →大内宿(伝建地区) →会津若松城(100名城) →磐梯山猪苗代湖→道の駅喜多の郷(車中泊
④4/21(木)
喜多方市小田付(伝建地区)→上杉神社・伝国の杜上杉博物館→山形城(100名城)→酒田山居倉庫→大物忌神社(出羽一宮)→象潟→本荘グランドホテル
⑤4/22(金)
横手市増田(伝建地区) →かまくら館→石坂洋二郎記念館→仙北市角館(伝建地区) →久保田城(100名城)(100名城) →大潟村道の駅ひろさき車中泊
⑥4/23(土)
弘前城弘前仲町(伝建地区) →黒石市中町(伝建地区) →三内丸山遺跡→根城(100名城) →JR東日本ホテルメッツ八戸
⑦4/24(日)
盛岡城(100名城)→金ケ崎町城内諏訪小路(重伝建)→鹽竈神社陸奥一宮) →多賀城(100名城) →村田町村田(伝建地区) →菅生PA(車中泊
⑧4/25(月)
仙台城(100名城) →仙台港太平洋フェリーいしかり丸)
⑨4/26(火)
名古屋港→ 都波岐奈加等神社(伊勢一宮)→自宅

詳しいレポートは次回以降にアップします!

04 一人旅の準備について

1 旅の準備「車」
〈前車〉2015年式 スバル・レヴォーグ GT-S
〈現在〉2022年式 マツダ・CX-5 XD-SportsAppearance
 7年10万km乗り続けた前車でしたが、歳を取るに連れ硬い足回りや屈み込んでの乗車に難を感じるようになり、追突にあった事もあって乗り換えることにしました。CX-5は宇品工場が学生時代過ごしたアパートのすぐ近くだったので、人生最後の大きな買物をその縁で決めました。この辺の経緯は価格ドットコムのレビュー欄に投稿しています。

価格.com

 新しい車には、「乗り心地(足回りのしなやかさ)」と「高速安定性」の両立を期待しましたが、半月が経ち選択が間違っていなかったことが分かり安堵しています。

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〈前車〉レヴォーグ(道の駅氷見)  〈現在〉CX-5(播磨一宮・伊和神社)

 

2 旅の準備「車中泊
 私達は1990年代前半の空前のアウトドアブーム、なかでもオートキャンプが爆発的に流行した時期に子育てした世代なので、北海道から四国九州まで各地にテントやカヌーを積んで出かけました。それでも再びこんなブームが来るとは思いも寄らなかったのですが・・・
 倉庫の中から当時のテント(モンベル製)を取り出し、孫達と一緒に三十年振りに張ってみたのですが、さすがにかび臭く再び使うのは無理そうです。またソロで利用するにはキャンプ場は割高になるので、私の旅は車中泊をメインにするべく道具をそろえました。
・VENTLAXキャンプマット(極厚エアマット)
・LOGOSシュラフ(5℃まで対応)
どちらも快適な車中泊を提供してくれています!

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3 旅の準備「持ち物」
〈自転車〉折りたたみ式 DAHON VitesseD8
〈カメラ〉デジタル一眼レフ Nikon-D90
 町中での車移動は、駐車場がなかったり料金が発生したりすることも多く、自転車があると便利です。と言ってもレンタルは面倒くさいので、私の場合DAHONを積んでいます。10kgを越えると重くて不便という事で選んだVitesseD8は、大変扱いやすくトライアルの時も高岡の町を自在に動けました。
 カメラは15年程前の大柄なNikonですが、訪問先の重伝建は地味な場所が多く、平日に訪れると観光客は自分一人という場合があって、不審者っぽいのが気になります。そんな時デジイチを首から提げていると、役所の職員やカメラマンなど仕事関係に見えそうなので、勝手に重宝している訳です。

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03 旅のトライアル北陸路

1 旅の目的
 3月中旬、まだ行く先々に雪が残る北陸路(石川・富山)を旅しました。これから全国各地を訪れるのに備え、「六十代での車中泊連泊は可能か」「一日の訪問地は何ヶ所ぐらいが適切か」などテストしておこうと考えたのです。
 目標は「我が国の歴史や伝統、各地の地勢・人々の生活、町おこしの様子を、この目で知り尽くすこと」にあるので、旅というよりはフィールドワークに近い感じです。

2 訪問場所
 まず、三十代の頃よりライフワークで続けてきた「重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)」を目指しました。既に近畿の全てと北陸東海・中四国の半分程度(43ヶ所)を終えているので、リタイアを機に一気に全国制覇に挑戦します。
 加えて遠い所まで出向くので、もう一つのライフワークである各國一宮のご朱印を戴きます(これまで21社終了)。また可能な範囲で「日本100名城」にも立ち寄りたいと思っています。

【1日目】
〈伝建地区〉
 加賀市加賀東谷(山村集落)・白山市白峰(養蚕集落)
 南砺市菅沼(山村集落)・南砺市相倉(山村集落)
〈一宮〉白山比咩神社(加賀国一宮)
〈続日本100名城鳥越城(一向一揆歴史館)

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白山市白峰  菅沼合掌造り  加賀国一宮白山比咩神社 加賀一向一揆鳥越城

【2日目】

〈伝建地区〉
 高岡市山町筋(商家町)・高岡市金屋町(鋳物師町)・高岡市吉久(商家町)
〈一宮射水神社越中国
日本100名城高岡城

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高岡市山町筋  高岡市金屋町  越中国一宮射水神社  高岡城石垣

 

3 トライアルの結果
・道の駅での車中泊は便利で安心。SAはトラックのエンジン音が気になる。
・エンジンを停めても、シュラフがあれば(ロゴス製5℃まで対応〉快適に眠れた。
・やはり六十の身に連泊は厳しい。長期の場合はホテル泊を入れる必要がある。
・移動中「ああ!あれはこの町だったのか!」的な名所に出会うため、素通りできず立ち寄る場所が増え、意外に時間がかかる。

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藤子不二雄Ⓐ氏のふるさと  城端別院善徳寺  国宝瑞龍寺  日本三大仏の高岡大佛

02 奈良大宇陀「又兵衛桜」

1 先輩からのお誘い
 奈良県出身の先輩から「実家の近くに凄い桜があるので見に行かない?」と誘われ、4月4日、奈良県宇陀市に出かけました。この地は、重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)大宇陀の町並みと、それを見下ろす宇陀松山城(続日本100名城)があり、歴史ファンには大変魅力的な町です。
 城下町の名残と年を重ねた商家の佇まい、そして地区内を流れる宇陀川のせせらぎで、見事な景観が形成されています。そんな町の外れにある道の駅「宇陀路大宇陀」で待ち合わせ、由緒ある名木を目指しました。

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画像左上:町の案内板  右上:松山西口関門  左下:森野吉野葛本舗  右下:宇陀松山城本丸

2 又兵衛桜を目指す
 近くにある先輩の実家の畑横に車を止め、しばらく歩くと「阿紀神社」が見え立ち寄りました。ここは伊勢神宮と関わりがある古式ゆかしい社だそうで、建物は神明造、千木の先が内削だったので、思わず内宮を思い起こしました。何気ない田園地帯の中に凄い神社が現れ、大和の地の持つ歴史の深さに感動です。
 しばらく歩くと、平日にもかかわらずガードマンが立ち、ここが観光スポットであることを実感しました。多くの人が向かう方向に目をやると、巨大なしだれ桜が目に入ってきました。樹齢300年とも言われ見事な枝振りです。後藤又兵衛の屋敷跡にあると伝わることから、「又兵衛桜」と呼ばれ親しまれて来たそうですが、周辺はよく整備され桃や水仙の花と相まって、心が癒やされる光景でした。

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3 シニアライフの魅力
 平日に有名観光地を訪れ名木を堪能する、現役時代には考えられなかった生活、これはこれでなかなか良いものだな思いながら遠くの山に目をやると、宇陀松山城の本丸が眼に入り「先輩の故郷は(今は東京人)素晴らしい所ですね」と思わず語りかけました。リタイアのスタートを飾る、とても素敵な旅でした!

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01 タイトル由来「散歩道」

1 リタイア生活スタート
 令和4年3月末、現役38年と嘱託4年を合わせ42年に及ぶ職業人としての生活に幕が下りました。何か大きな感慨に浸るのかなと期待していましたが、特にそんなこともなく長い休みが始まる様な感覚です。親4人を見送り子どもたちは独立し、孫達も保育所に入る年頃になったので、自分のことだけを考えれば良い立場になりました。しかも年下の妻はまだ現役、平日に一人家にいると学生時代に戻ったような気分です。

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2 黒柴ゅうの散歩道

 生活に節目を付けるため、ブログを始めようと50代の後半から計画していました。夏目漱石の『吾輩は猫である』に倣って、「愛犬りゅう」の目を通した我が家の生活や近所の様子、そして旅の記録(りゅうは車でのお出かけが大好き!)など、『黒柴りゅうの散歩道』のタイトルで書き連ねて行く予定でしたが、残念ながら2018年4月19日病気で亡くなってしまいました。ゲージを載せて出かけやすいようワゴン車を購入して準備していただけに、大変残念でした。

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3 日本各地の訪問

 そこから4年、全ての仕事を終えたっぷりある時間を使ってのブログ再挑戦、捲土重来の気分で取り組みます。
 今は居ないりゅうですが、この子と予定していた日本各地の旅行を旅の記録として書いていこうと思っています。訪問予定地は、①重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)・②旧全国一宮(ご朱印を戴く)・③日本100名城が中心ですが、目的は我が国の歴史や伝統、各地の地勢・人々の生活、町おこしの様子を、この目で知り尽くすことです。頑張ります!

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きっかけとなった2019 島根県訪問
石見銀山大森地区(重要伝統的建造物群保存地区太田市大森町
物部神社石見国一宮)太田市川合町
月山富田城日本100名城安来市広瀬町